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![]() "fuori citta'" ed.10,54cmX39cm,lithograph,1993 |
(その1・7月1日更新) もう今年も半分おわってしまったのかと思うとがく然としますね。私はこの半年どれだけのことをしてきたのでしょう? そんなわけで、このページもすこしデザインをかえてみました。ネットスケープナビゲーターで御覧の方、上のアニメがちゃんと表示されないようです。ごめんなさい。どうしてかわかりません。エクスプローラーでは動いていました。むずかしいですね、webは。 今月は個人的目標が「初心に帰る」なので、このコーナーもかなり初期のものをひっぱりだしてきました。さすがに学生時代のものではありませんが(あまり変わらないかも)、勤めをやめてフリーになって作品を発表するようになりはじめた頃の作品です。いったい何を感が作っていたのでしょうか。そのお話はまた次回。今月もよろしくお願いします。
(その2・7月9日更新) |
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(その3・7月16日更新) 梅雨もあけたし、毎日あつい!と思ったら、どうりでもう夏休み目前なわけですね。みなさんバカンスのご予定などいかがですか?私はどうやら在宅モードのようですが。 さて、この作品をつくったころは、何度かお話ししているように、イタリアに興味を持ちはじめて、なにかと影響を受けている時期(今もですが)でした。なかでも、古代ローマ以前の器とか、ルネサンス以前の中世のちょっとパーツが狂ってるような(?)、数々のエピソードをいっぺんに図解化したような不思議な構図の絵がすきです。絵に登場している人物や背景などのこまかい描写はないものの、当時の人の世界観というか、その時だけでない普遍的なこころの地図が描かれているような気がするのです。 ひとつひとつをとりあげて描写しないことで、そのまわりにある世界をみせることでそこに登場していない人々が浮き彫りにされているような気がします。すこし話が飛ぶ感じかも知れないけれど、日本の屏風などの絵も、空間を描くことでそこにいるものの輪郭が際立っているように思えます。ただ単に私がそういう風に想像してしまってるだけなのかもしれませんが。 そういう意味ではこの作品にかぎらずどの作品でも見てくれたかた自身のフィルターをとおしてこそ見えるものを受け止めてもらえるのが、いちばんうれしいと思っています。もちろん、私なりに自分の世界を抽出する作業をしっかりしないと、いくら見る方次第といっても、あいまいなものになって、どっちも楽しくない、ということになりかねません。日々かんばろうっと思うわけです。 ときどきこのサイトをごらんになった方からメールをいただくのですが、いろんな御意見ご感想メールを楽しみにしています。では、また。(つづく)。 |
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| (その4・7月23日更新) ほかに言い出す言葉がないのか、と自分でも思いますが、でも。暑いですね。暑がりなので、はやく秋になってほしいです。プールも込んでるし。 先日、閉幕となりましたが、上野の西洋美術館でやっていたルネッサンス展(正式名称わすれました)わりと楽しかったです。「大物」ぞろいではなかったものの、ああやってイタリア各地からのものが日本でいっぺんに見られるというのはいいことです。イタリアで実際に見た作品などと再会すると個人的な記憶も蘇ります。それにしても、おととしのちょうど今頃フィレンツェにいて、そうとう美術館、教会はめぐったつもりだったのですが、それでも、見落としてた美術館が多々あるのを再認識しました(展示品に”見落とし美術館”からの出品が多かった)。一昨年は翌年の聖年にむけ、修復中で見られないものがおおかったとはいえ。 右の作品を作った時はまだイタリアで実際に作品を見たりはしていませんでした。正確に言うと学生時代にイタリアのみならずヨーロッパの主要美術館は巡ったのですが、あまりに予備知識がとぼしく、作品鑑賞とはいえない状況だったのです。その後ある程度基礎知識を仕入れイタリアはほとんどフォローしましたが、ドイツ、フランスあたりはそれっきりで本当にもったいなかったと今でも思います。 なので、この作品はイタリアに興味をもってはいるものの、まだ実感していない状態で、「想像図」のようなものでもあるのですが、よくいえば外部から余分なものを取り入れなかったと言えます。わるくいえばいい加減、ですね。もちろんイタリアの情景が主題ではないので、とくに観察したりして取り入れるつもりはなかったし、今後もそういう制作過程はないでしょうが、なにか心ひかれる情景を観察スケッチしたあと、忘れた頃にそのほのかな印象を増幅して自分勝手なイメージを生み出すのは楽しいと思います。(つづく)。 |
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(その5・7月31日更新) |
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